長與善郎関連エントリー

『青銅の基督』 (長与善郎)

長与善郎「青銅の基督」(岩波文庫)を読みました。 僕の職場の運転手さんは読書家です。 僕がよく小説を読んでいるのを見ていた彼は、好きな本を薦めてくれます。 「freefloating73さん、今日 ...

『青銅の基督』 (長与善郎)

人生の格言④

... by長与善郎 ・人生はつくるものだ。必然の姿などというものはない。 by坂口安吾 ・人生は決して、あらかじめ定められた、すなわち、ちゃんとできあがった一冊の本ではない。 各人がそこへ一字一字書いていく白紙の本だ。 ...

人生の格言④

人間として一方弱いところがなかったら、人生は分からないで ...

... 長与 善郎 ― (『竹沢先生という人』) 大切なことは問題を見つける能力、それをあきらめずに解決する能力、 それ自体を楽しめる能力、そして、柔軟性。 ...

人間として一方弱いところがなかったら、人生は分からないで ...

大調和展at上野

... 第1回展は上野の日本美術協会にて犬養 健・片田徳郎・高村光太郎・田中喜作・椿 貞雄・長与善郎・武者小路実篤・梅原龍三郎・久里四郎・倉田百三・柳宗 悦・河野通勢・佐藤春夫・岸田劉生・千家元麿・等を審査員として開催された。 ...

大調和展at上野

金は人生の手段であって目的でない。多少見識のあるものは皆 ...

金は人生の手段であって目的でない。多少見識のあるものは皆 之を知って居る。が、年を取ると、之を目的とするようになる。 ― 三宅 雪嶺 ...

金は人生の手段であって目的でない。多少見識のあるものは皆 ...

長與善郎とは?

長與善郎(ながよ よしろう 1888年8月6日 - 1961年10月29日)は日本の作家、劇作家、評論家。人道主義的な作風で知られた。
医学者長與專齋の五男として東京に生まれる。長與家は、漢方医として代々九州大村藩に仕えた家系である。
1900年、東京麻布の南山小学校から学習院に転校。1901年、志賀直哉や武者小路実篤たちと同人誌『白樺』に参加。
1911年、東京帝国大学文学部英文科入学、1912年に退学。
関東大震災で『白樺』が廃刊になった後は『不二』を主宰する。
作品に『盲目の川』『項羽と劉邦』『青銅の基督』『竹澤先生と云ふ人』など。
1948年、芸術院会員。1960年、自伝小説『わが心の遍歴』で読売文学賞を受賞。

長與善郎の詳細